福山雅治さんて意外に苦労して売れたんですね、という話 Part2


電報?と言われても自分もよくわからないですので下にWikipediaから抜粋したものを貼っておきます
 
ウィキペディアから抜粋(ばっすい)

電報(でんぽう)とは、電信を用いた文書(「電文」情報)の配達サービスである。郵便による信書より高速に通報できる。日本での電話番号(FAXを除く)は115など[1]。



1990年代前後は携帯電話はありましたけど、通話料とか、ものすごい高いですし、ものすごく重かったみたいです


それで福山雅治さんがアミューズに電話をしたらオーディションに受かっているから


今から来なさい!みたいなことを言われ、そこが福山雅治さんがスターダムにのし上がる入り口だったみたいですね


仮にマフラーが落ちてなければそのまま行ってしまってたわけですので、そうなれば、現所属事務所のアミューズではなかったのかもしれないです


所属事務所も別の事務所で、デビューも、もしかしたら遅れていたかもしれないですし


もしかしたら日の目を見ないまま長崎に帰っていたということも考えられるのかなと…


本当に安い車で良かったですね、確か9万5,000円って本人が言ってましたね


どんな車かわかりませんけどおそらく1980年代?の中古車なのかと


頭文字Dで有名になったAE86レビン、トレノよりもっと古いのかもしれないです、わかりませんけど…


ちなみにマフラーって消音効果もあるのでマフラーがはずれていたということは


アパートに爆音を響かせて帰ってきたということになりますね、夜じゃなくて良かったと思います


そんな福山雅治さんですがデビューが決まったからといって


そんなにすぐ売れたわけではなく、最初は地方に営業に行っていたらしいのですが


お客さんの数は2人〜3人とかざらだったみたいですね


事務所の方は俳優メインでやってほしかったらしいですけど


本人は音楽がやりたいと思っていて、そもそも長崎から


ミュージシャンとして成功するために出てきたわけですので、その信念は強かったんでしょうかね


その後は人気ドラマにも出て曲の方も順調に売れていき


MELODYという曲が大ヒットし、その年の紅白に初出場するという形になるのですが


福山雅治さんから人生について多くのことを学べますし


そういったことに関してもまたブログに書いてみたいと思います


そして福山雅治さんの約束の丘と遠くへ、という最高に素晴らしい曲があるのですが


その歌詞から今、親元を離れて頑張っているけどなかなか成果が出なくて


辛い思いをしている人にはすごく心に響く歌詞だと思いますので


それを自分なりにアレンジしてブログに書いてみたいと思います


本当に福山雅治さんは人としてすごく謙虚(けんきょ)で


見た目もイケメンなら内面もイケメンで自分もファンになってしまいました


これからもよりいっそうの活躍を期待しています、頑張ってください