学校教育は社会に出るための通路ですよ、という話

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文句をいうわけではないんですけど、いろんな人を見ていますと


たまに、学校の中の教育のことで完結してしまっている人がいるんですよね…


いかにも自分の指導方法が正しい、だとか自分が正義だ、みたいな人をたまに見ますけど


失敗ばかりして、痛い目しかあってこなかった自分から見ると


大変失礼ですけど、とても滑稽(こっけい)に見えてしまうんですよ


視野が狭く、思考が柔軟じゃなくて、凝り固まってるように、どうしても見えてしまいます


頑張ってるのは、わかりますし、学校などの狭い空間の中だけで生きてくると


どうしても視野が狭くなったりしてしまうので、それは


しかたない部分も、あるのかなと思うんですよね


よく環境が人を育てると言いますけど、まさにその通りなのかなと、思ったりもします


けどここで一つ問題がありまして、それは何かと言いますと


子どもたちって、あらゆる物事をスポンジのように吸収したりするわけじゃないですか?


そういう構造になってるんでしょうけど、そのまんま


その人の思考や人間的な部分を吸収してしまい、似たような


人間になってしまう可能性があることを、ちょっと危惧しているんですよね


これからの時代って、何回も言ってますし、おそらく


これからも言い続けますけど、柔軟な発想だとか柔軟な人間力


物事を様々な角度から見れて考えられる人間にならないと、本当に生きづらいと思います


もう命をかけてもいいぐらいですね


真面目な人間で、真面目な考え方しか、しない人は


それはそれでいいんですけど、これからはとても生きづらいですよね、という話なんですよ


真面目な部分あるけど、もうちょっと人と違ったユニークな発想ができるとか


そんな人間になった方が、社会に出てからより活躍できると思いますし


人生そのもの自体を楽しめると思うんですよね


なので学校というものを中心に持ってきて考えるのではなくて


あくまでも学校教育というものは、社会に出るための通路ですし


社会というものを、中心に持ってきて、その中で自分は何ができるのか?


人にどんな価値を与えることができるのか?


それによってどのような成果を出せるのか、などを考えて生きていきましょう、という話です