新潟高校(県高)のブランドはどこまで通用するのか?

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結論から先に書きますと、どこまで通用するというか、すぐに慣れます


これは基本どこの都道府県のトップ層の進学校でも同じことが言えるかと思いますし


例えば、早慶だった場合でもすぐに慣れると思います


そして、この人って仕事でどんな成果が出せるのかな?


どのくらい仕事ができるのかな?というふうにすぐに見方が変わります


実際、今まで何人か新潟高校(県高)の人に会ってきましたけど


あったときは、うわすごい!マジですか!みたいになりますけど、前述した通りすぐに慣れます


そして知識をあるけどね…勉強はできるだろうけどね…となります


当然、全員が全員ではないと思いますよ、大越健介氏や南場智子氏みたいな


スーパーマン、スーパーウーマンもいますからね


けどそれは、例えば、灘高校の人とか開成高校の人だって


同じような感じだと思いますよ、トップ層の方は
恐ろしいぐらいのポテンシャルで


何をするにも、そつなくこなすみたいな人もいると思います


キングダムで言えば、ほうけん、みたいな絶対にこんな奴には


勝てないよな…みたいな人は実際にいると思います


けど、とても失礼ですし、自分ごときの人間が言えることではないんですけど


勉強はできるけどね…という人もそれなりにいると思います


そうなってくると結局その人に、何ができるのか?どのポジションで成果を出せるのか?


という部分が、とても重要ですし、それができれば、良いということに落ち着くんですよ


各都道府県トップレベルの進学校というブランド、難関大学というブランドを


身につけるのはその人自身じゃないですか?そのブランドを身につけたって


その人自身になんの生産性もない人間、実行力も行動力もない人間だったならば


何も成果が出せない人間が、ただ一流のブランドを身につけているだけになってしまいます


そんな人を頼りたい、必要とする人ってこの世の中にいますでしょうか?


その人は自分の力でお金を稼げる人間ですか?そのブランドを


身につけていることによって、お金が集まってくるのかもしれないです


でもそれはいつまでも続きますかね、良い人ばかりが集まってきますかね?


なかなか人生って、ブランドだけで勝ち抜いていけるような


イージーな設定にはなっていないと思いますよ、つまり自分が言いたいことは


ブランドを身につけるよりも、自分自身が一生懸命努力をして


人に頼られる、必要とされる人間としてのブランドになった方が良いですよ、という話です