失敗に慣れているって大事ですよね、という話

 

日本の長年かけて積み上がってきた負の遺産っていくつかあると思いますけど


失敗を異常に極端に恐れるというものも、そのうちのひとつですよね


恥ずかしい、失敗すると笑われる、馬鹿にされる


迷惑がかかるなど、とにかく失敗をするということに


極端にビビりすぎていますよね、日本人=世界のビビリ代表みたいな


世界ビビリ選手権たるものがあったならば、ぶっちぎりで優勝すると思います


何十年と連覇とかしそうですよね、ではなぜこうなってしまったのか?


といえば、当然、日本の教育の責任なわけですよ


学校の勉強できる子たちが、みんなの見本とされ


テストの点数が低ければ低いほど劣等生とみなされ、バカにされ、褒められもせず


決して認められることもないという部分がつくり出してしまった


側面もあるのではないでしょうか、みんなと同じことをしろ!


人と違ったことをして迷惑をかけるな!余計なことはするな!


などという文化が今もあるわけですからね、それは


極端に失敗を恐れるようになるという話です、では


社会に出て成功している人たちが、どういったことをやっているのか?と言いますと


前述したことの真逆のことをやっているわけですよ


みんなと同じことをしていない、他の人たちが決してやらないであろう


余計なことをいっぱいして、そこからチャンスを掴みとり


成功という名の果実を手にしているわけです、つまり


人と違ったことをするな!とか、その人の発言自体が


将来大きく飛躍するであろう、飛躍したであろう


将来性ある子どもたちの芽を摘んでいるわけです


これって見方や捉え方によっては、国レベルのものすごく大きな部分に直結してくるわけです


例えば、日本の大手電気メーカーが、サムスンに惨敗を喫したのも


まさに失敗を恐れて挑戦しなかったからですよね?


自分たちは、世界に名だたる電機メーカーなんだ


サムスン?なにそれ(笑)どこの国の零細企業(笑)


みたいなことを実際に思っていた人はいるのかと思います


しかし、今のサムスンなんて日本の電機メーカー1社では立ち向かうことすらできないぐらいの


世界の超大手企業ですからね、では今から日本の教育は


失敗を恐れず、チャレンジするという教育に切り替えた方が良いのか?


となっても長年かけて築き上げてきたものってまず形は変わらないといいますか


もう深いところまで失敗は悪だ!みたいな汚れが


取り切れないカビのように浸透してしまっているので


もうどうにも取り除けない状態なのではないかと思います


となってくると個人レベルでどうにかしなければならない、という方法しか


もはや残されていないわけですので、できるだけ早めに


その方法は何があるのか?と考えるだけではなく


親が見本となって失敗を恐れず、いろんなことに果敢に挑戦し続けることが


この国に唯一残された教育方法なのかもしれないですね