勉強苦手な子は、勉強を楽しんでやるものではないです、という話

 

まず何を伝えたいのかといいますと、勉強することによって


その先にある成果という具体的なものがあれば、勉強が嫌い、大嫌い、超絶嫌い


勉強という漢字を見ただけで嫌悪感を抱く子たちも


指導の仕方によっては、ちゃんと勉強しますよ、ということです


それがないのに勉強は本来楽しいものだよ♪やってるうちに楽しくなるよ♪


と言ったってしないって話ですし、しても一時的にしてるだけで


学生を卒業したらもう一切しないとかと思います


そのやり方って糸で動かしている、マリオネット、操り人形なわけですよ


卒業と同時に糸が切れてしまい、自分からは動けない人形になってしまい


その先の人生は、とても苦労するかと思います、勉強できる子たちでさえ


社会の仕組みや構造、どういった人が社会で求められているのか


などはわからないですし、いろんな人に聞いてあらゆる情報を持っていたとしても


自分が実際に経験していないので、あれば半信半疑の状態かと思います


勉強できる子たちですら、そんな状態なのに勉強が嫌いでやらない子たちなんて


少し考えただけでも想像がつくでしょうし、それは実際にそういったお子さまがいらっしゃる


親のみなさまは、背筋が凍る思いをしませんか?しないのであればかなり問題かと思います


あらゆる仕組みや構造が、ぐちゃぐちゃなのに社会の中で


学生時代に何も学んできていない人間が普通に生きていけるほど


社会は甘くはないわけです、それは自分がこれでもかというほど


痛い目にあっていて、そんな人たちを多く見てきたからこそ言えることなんですね


成果につながらないような勉強なんてしたって本当に意味がないわけです


時間は有限ですし、優先的に学ばなければいけないことは山ほどあるわけです


それなのに漢字や英単語をゆっくり丁寧にきれいに書く練習とか本当に必要なのでしょうか?


各家庭の教育方針もあるので、それが大事と言われれば、否定できるものではないです


しかし、こう考えてみることも大事ではないでしょうか?


という提案をして終わりにしたいと思います、例えば


漢字や英単語をゆっくり丁寧かつ、きれいに書く練習と


社会に出てから必要になる力、社会の中で生きる術(すべ)


それはお金だったり人に対しての礼儀、作法などを教えること


はたしてどっちが大切で、どっちの方が優先順位って上なんでしょうか?


ぶっちゃけ漢字や英単語をゆっくり丁寧かつ、きれいに書く練習って


おじいちゃん、おばあちゃんになってもできますよね?


むしろ良い脳トレになりとても良いのではないでしょうか


けど、とくに勉強が嫌い、やらない、したくない、という


子どもたちが、目を向ける部分って社会の中でどう生きるのか


なんですよ、この部分なんですよ、決して漢字や


英単語をゆっくり丁寧かつ、きれいに書くことではないわけです


社会の中でどう生きるのか、というところに焦点を当てて


ここで成果を出せるような人間に成長しないと本当に苦労するわけなんですね


何回も書きますけど、それは自分を含めて多くの人ちが悩み苦しんでいる


または、苦しんできた姿を実際にこの目で見てきているからです


なので早めに今までの子育ての常識だとか教育の常識というものを


形を変えてみたり順番を変えてみることはとても重要ですよ、という話でした